カテゴリー「プロセス「シルエット」」の2件の記事

2011年12月14日 (水)

0:皆既月食の夜空に見た光

この夏、最高の気温をマークした、翌日から雨が降り続け
今朝もしとしと秋のように、肌寒いくらいに涼しい、まだ8月末です。

9月初旬の、Kyokoさんのお式から、もうすぐ1年が経ちます。
HPでKyokoさんの、お式当日のお写真を、先日アップさせていただきました。

白ドレス:「La luz(ラ・ルス)」
http://www.siesta-dress.com/dress/us/us1.html

色ドレス「Silhouette(シルエット)」
http://www.siesta-dress.com/dress/us/us4.html


・・・・・・・と、夏と秋の間(はざま)に書きかけたまま、


途中になってしまっていた、プロセス「さかな」の続編です。
(http://siesta.tea-nifty.com/oneday/2011/05/post-8b98.html)

震災の影響で、お式が中止、延期になられた花嫁様が相次ぎ、
その対応に追われる中で、Kyokoさんのプロセスは止まってしまっていました。

代表の茂桐(もぎり)が書いていた「海の家での結婚式」も、同じく未完のまま。
(http://siesta.tea-nifty.com/oneday/2011/09/2-099a.html)
この茂桐のブログの花嫁様と同じ日に、Kyokoさんはお式を挙げられたのでした。

お式を誰よりも祝福し、参加してくれるはずだった、
お式を決められた時には元気で、共に生きていてくれた人が、
お式を前にして、突然に亡くなられてしまわれた、

同じ日にお式を挙げられたお2人に起こった、同じ運命に
私は、自分の父親の思いがけなかった死を重ね合わせながら、
希望(羽根)をもって共に乗り越えられるようにと、ブログを書き始めたのでした。


・・・・・・・・「ハッピーレクイエム」という言葉を、冒頭にかかげながら。


今春、震災でお父様とお祖母様が海に流され、
お式が出来なくなってしまったと、ご連絡をいただいた一人の花嫁様と、

まさに、そのお客様に、力を入れてドレスをおつくりしようとしていた、
東北出身の、震災を機に退社が決まってしまった、一人のスタッフのことを思いながら。

彼女たちがどうか、早く元気になれるように、
願いを込めながら、自分のために。書きたかったのでした。

ところがやはり、そうした心境にはなかなか至れないでいるうちに、
ショップだけでなく、外国に構えているアトリエにも洪水、水災が起こりました。

・・・・・・・・

Siesta始まって以来の最悪なことも起こり、始まって以来の絶望も感じましたが、

アトリエのスタッフ皆が無事だったこと、
Siestaに訪れて下さる花嫁様が、変わらず多くいらして下さること、
そして、現在いるスタッフ皆が、頑張ってくれていること。

明るく黄色く光る希望はもてなくても、ただ白く憂しく光っているような、
花嫁お一人お一人、スタッフ一人一人の存在そのものが
来春に、Siestaを導いてくれるような気がし始めている、今年最後の月、

10日の皆既月食の夜を経て、もう12月。師走も半ばを、迎えようとしています。

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2011年5月 6日 (金)

0:さかな

2009年の秋に、Kyokoさんはお母様とご試着にいらっしゃいました。

新潟での震災を経験され、看護士になることを決められた
という彼女の、お母様もまた看護士でいらっしゃいました。

当時まだ彼女は大学院で、看護の勉強をされていらして、
でもすでに病院の現場で、お仕事もされていらっしゃいました。

親御さんでもあり、仕事の先輩でもあるお母様と
彼女は長く、2人暮らしをされていらしたとのことで、

お2人の絆はとても強いものであるように感じられました。

Kyokoさんは、「さかな」という詩が好きと、教えて下さいました。


海の魚はかわいそう。
お米は人につくられる、
牛は牧場でかわれてる、
鯉もお池で麩(ふ)を貰う。

けれども海のお魚は
なんにも世話にならないし 
いたずら一つしないのに 
こうして私に食べられる。

ほんとに魚はかわいそう。


金子みすずのこの詩を、私は知らなかったですし、
感じるものはあっても、意味は解りませんでした。

当時私は半年前に、成功すると家族で信じた手術を経て
父親を亡くしたところで、入院中だんだん何も食べられなくなっていった、

彼が亡くなった直後に、父親が川原で大きな魚を、
とびきりの笑顔で食べている夢を見たことがあって、

Kyokoさんのドレスをおつくりしているさなかにも、お式後にも、
ずっと覚えていたのですけれど、ずっと分からないままでいました。


Kyokoさん、この東北の震災を経て、父親の三周忌を終え、
ようやくさかなの意味が、私なりに見えてきました。

私がデザイナーを降り、アトリエチーフとなってからの
初めての花嫁でらした、Kyokoさんのこの「プロセス」は、

私咲野が書かせていただく、「ハッピーレクイエム」です。


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