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2007年3月

追憶のコンタックス

ひろこさんが写真を見せながら自慢する。

「これはツァイスで撮ったんです」

「え?認識するの?」

「露出は大丈夫でしたけど、AFは効かないので、

マニュアルでピントを合わせました」

「ふうん」

それだけで会話が終わったのだが、

中身の説明にはかなりの字数を要する。

Img_0078

上記写真は20Dという型番の、CANON社のデジカメで撮影したものである。

CANONのデジカメにつけるレンズはもちろん、

普通はCANONである。

そこに、カール・ツァイスレンズを無理矢理取り付けて撮影したという意味なのである。

そのカール・ツァイスとは、なんのレンズかというと、

元来コンタックスというカメラに取り付けるレンズである。

そう、ひろこさんは、デジカメはCANONだが、

フィルム時代は、コンタックスというブランドを使っていたのである。

ちなみにブライダルでコンタックスを使う人は、ほとんど存在しない。

メカとしてタフでない上に高価であるからである。

最近では業務として使うよりもむしろ、

趣味として使う人が多かったカメラである。

そのコンタックスをなぜひろこさんが使っていたかというとひとえに、

レンズのよさに惚れこんでいたからである。

そのレンズこそが、反復になるが、カール・ツァイスなのである。

カール・ツァイスとはドイツの名門レンズ会社の名前で、

光学機器では由緒正しきブランドである。

(現にSONYがそのブランド価値を見込んで、ライセンス製造をしている)

どれくらいのブランドかを理解するには、

日露戦争の日本海海戦において、

連合艦隊司令長官東郷平八郎がバルチック艦隊を撃破した際に、

首からぶら下がっていたのが、カール・ツァイスの双眼鏡であるといえば、

十分であろう。

(日露戦争とか、日本海海戦とか、

そこらへんの歴史をご存知ない方は、

一度ご主人なり、お父様にお聞きいただきたい。

その際の男性の目の輝きを見れば、

なんとなく意味がわかるかと思われる)

ツァイスレンズは、かつては絶対的な高性能を謳われたもので、

日本メーカーが台頭してきて以降はかつてのような唯一の存在ではなくなったものの、

それでもブランドではありつづけたし、

独特の風格は、確かにあったし、

その味わいをひろこさんも支持していた。

熱心なファンなどは、

「空気まで写すレンズ」と崇め奉っていたものであるが、

私見ではその特徴は、

「色ノリとコントラストと解像度のバランス」

であって、派手な発色も驚異的な解像度もないが、

能力のバランスよいために、

写真に特有の品格が出るのである。

下記が、フィルムで撮影したものの一例である。

A0806

が、残念ながら時代の流れが襲ってきた。デジタル化である。

コンタックスも(その時には京セラに買収されていたのだが)

デジタル化に取り組まないわけではなかったが、あまりにも遅すぎた。

やっとのことで発売できたデジタル1眼レフはNデジタルという、

大きく、性能が低く、やたらに高額なものであって、

到底売れるはずがなく、

なおかつバージョンアップ版が、出なかった、

というより出せなかった。

そして経営不振でコンタックスというブランドは消滅してしまった。

ひろこさんはかつてより、コンタックスのデジカメに対する姿勢を嘆いてはいたが、

それでももしやと期待する気持ちがあったのだろうか、

なかなかデジカメは買わなかったのだが、

大勢には効し難く、結局CANONのデジカメに移行せざるを得なかったのである。

CANONのカメラにはCANONのレンズを取り付ける。

ツァイス君は用なしである。

かくてひろこさんの手元には、

あまり使われなくなったコンタックスのカメラボディーと、

あまり使われなくなったカール・ツァイスのレンズが取り残された。

かつて世界を風靡し、デジタル化の流れに乗れず、すたれていった名機が、

カメラバッグの底でくすぶっていたのである。

そんなわけで、冒頭の会話が展開されたのである。

嗚呼。

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HPリニューアル

Ai122

HPリニューアルいたしました。

花嫁のお写真、掲載順序が乱れていましたので、

整理いたしました。

合わせてスクロール方向も整えました。

今後は順序どおりに掲載いたします。

Ai123

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