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2015年7月

過去完了の結婚史9

イザベラバートの話を続ける。 明治の東北の山村だと、 基本的に男性の労働姿は、ふんどしのみである。 そして女性の労働の姿は、上半身裸であった。 そのあたり途方もなくルーズで、 人の家をたずねる際には、さすがに上を着たようだが、 忙しいときにははだけたまま往来を行き来する女性もいたようである。 そして子供の服装はというと、 お守りのみが衣装であった。 ようするに全裸である。 大変興味深いことに、 アイヌ人は極端に肌を露出することを嫌ったようである。 アイヌという民族は、 最近のY染色体ハプログループの研究によれば、 おそらく縄文人とみなして間違い無い。 その後渡来した弥生人が、 いうなれば「裸族」であって、 日本人の裸好きを規定したとかんがえるのが、 現在では最も妥当な見解であろう。 話を津山に戻すが、そこは そのような原日本人的な感覚により、 性的な倫理道徳観念はまったくゼロに等しかった。 そのような村落は一夫一妻制をもっていたことのほうが、 不思議といえば不思議なのだが、 だいたい一夫一妻制というのは、 婚姻道徳の問題ではなく、 相続の問題であり、識字率の問題である。

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過去完了の結婚史8

当時の津山の山奥では、 夜這いが普通であった。 女性の未婚、既婚を問わず、 男が夜中に押しかけてきて、いっしょに寝る。 そういう村落では家の構造もそれ用に作られており、 女性は戸のすぐ近くに、家族から離れて寝る習慣であった。 自分の奥さんが夜這いに遭う、 現代の感覚からすれば奇異なことだっかが、 当時の山奥村ではしばしばあったことで、 なにしろ亭主も夜這いをするのである。 貞操観念というものはほとんど存在していなかった。 イザベラ・バードという旅行者が居る。 彼女は明治はじめに来日し、 東京から東北地方、北海道まで女性の一人旅をし、 当時の日本人及びアイヌ人の描写を豊富に残しているのだが、 彼女も日本人を十分高く評価しながら、 彼女も「日本人は道徳的には疑問が残る人々である」 と記している。 その疑問の最たる点は、 とにかく裸が多い、ということであった。

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