日記・コラム・つぶやき

過去完了の結婚史7

都井は元来成績優秀な人物だったが、両親に先立たれ祖母に育てられ、
実家に財産が無かったために上級の学校に行けず、
祖母も孫を手放すことがつらかったため、田舎の村にとどめおいた。
気力、能力の十分にある人間が未来の無い山村にとどめおかれたことで、
彼のなかにはもやもやとした欲求不満がつのっていった。
悪いことに、かれは肺結核に罹患し、
徴兵検査に不合格になってしまった。

当日の田舎の人々にとって徴兵検査で不合格ということは、
ほとんど人間失格という意味であった。
自尊心の強い彼には耐え難いことであった。

そのような彼の不満は、次第に狂気の様相を呈するようになる。
猟銃に懲り、近所の人々から恐れられるようになる。
おそれれば疎むのが人情であって、
当然かれは疎まれるのであるが、
本人にとっては徴兵検査不合格の屈辱に合わせて、
近所の人々が自分を馬鹿にしている、報復したいという暗い感情を増幅する結果となった。

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過去完了の結婚史6

女性が実家に居続けて、男性が通い続ける、
しかしこの婚姻形態は、お察しの通り婚姻とも呼べないものなのである。
なぜならば、女性の下に通う男性が、毎日同じ人間とはいえないからである。

実際そのような時代の男女関係は、
乱交としかいいようのないルーズなものであった。
そのような状況を克明に明らかにする資料に、
津山30人殺しの事件簿がある。
以下概略を説明する。

1938、昭和13年、軍国主義の時代だが、
岡山県津山市の山村で、
若い男性が付近住民30人で猟銃で虐殺する事件が起こった。
男性の名前は都井睦(といむつお)。
色々説明のしかたはあれど、今日から見ればようするに、
夜這いの風習が無くなる前夜に存在する、境界線の時代の事件である。

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過去完了の結婚史5

いままで述べてきた直系家族というものは、あくまで今日の日本の結婚形態である。
過去にはそれと異なった結婚形態が存在していた。
それは前述したように、女性が(あるいは男性も)移動をしない結婚形態である。
幕末の土佐の国の山奥、今日の高知県山間部には、
結婚のない村があったそうである。
全ての男女関係が夜這いで成立しており、
女性も男性も家を出ない。
となるとだうなるか。
娘を持っている家はどんどん家族が増えてきて人間があふれかえる。
息子しかもって居ない家はどんどん家族が減ってしまう。
そう、家族数の増減というものは、家族が労働生産システムであった昔においては、
ものすごく重要な案件であったのである。
おそらく息子ばかりの家は、数十年で廃屋となり、
だれも人が居なくなった家に、女性のみの家族が入っていったのであろう。

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過去完了の結婚史4

日本の家族形態は直系家族である。
財産は一人の子ども、つまりあととりに相続される。
このような家族形態は、日本、ドイツ、ユダヤなどみ見られる。
女性の地位が高いので、子どもの知的水準が上がる。
一人の跡取りを優先して考える習慣から、
エリート意識が芽生える。

これはおそらく、鎌倉時代ころから始まった制度なのであろう。
本領安堵、一生懸命の思想である。

たわけ、という言葉がある。
あまり良い言葉ではないが、意味するところは明快である。
相続に際して田んぼ、農地を分割するのは最高レベルに愚かなことである、
という意味である。
これがすなわち直系社会の本質である。

では相続に預かれなかった人間はどうなるか。
僧になるか、武士になるかしていたのである。

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過去完了の結婚史3

エマニュエル・トッドの主張を一言で言うならば、
「全ては家族形態によって決定されている」
ということである。

実際には全てではない。しかし大部分は家族形態によって決定されている。
そして地球上の人類の家族形態は一つではない。

たとえば共同体家族というものがある。
基本的に大家族という理解でよいのだが、
これはロシアや中近東や中国で見られる家族形態である。
と書くと歴史をご存知の方はすぐに理解されるであろう、
つまりモンゴル帝国支配地は基本的に共同体家族なのである。
そして日本はそうではない。
蒙古襲来を防げたからである。

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過去完了の結婚史2

この結婚制度の話はエマニュエル・トッドの著作に詳しい。
このトッドという学者、私見によれば、
ウェーバもマルクスも完全に抹殺してしまう、
それほどの画期的研究をした大学者である。
私の知る限り、過去の社会科学者中最大の存在である。

これほど画期的な研究があまり人口に膾炙していないのはどうしたことだろうか。
かれの研究によって、世界はずいぶん見渡せるようになったというのに。

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過去完了の結婚史1

以上ツイッターでしてきた議論を少しまとめる。

1)元来結婚は女性が実家を出てゆかなかった。
(通い婚姻であった)

2)女性は結婚後も働いた。主婦は大変な労働であった

3)今日の結婚制度は女性の能力を殺す制度であり、不自然である。

これからさらに詳細に議論してゆく

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結婚思想1

結婚思想用テスト投稿です。

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金沢三代

今回アップしたMistue様

http://www.siesta-dress.com/brides/ki/preta7.html

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はお姉さまのご紹介で来られたお客様でした。

お姉さまも以前、当社でドレス作らせていただきました。

挙式会場は茨城県ひたちなか市です。

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お二人とも大変創造的に仕事をさせていただき、楽しい思い出として残っています。

Mistue様の挙式には、お姉さまはお子さんを連れて出席されていました。

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このように親族、知人の花嫁様をご紹介いただくことは、

ご満足いただけた証でもあり、

ドレスショップとしては最高に名誉なことです。

たとえば、

T様は石川県金沢市在住のお客様でしたが、

わざわざで東京三鷹まで通っていただきました。

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挙式会場は石川県のぶどう園。

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撮影だけ上垣さんが行きました。

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T様のご紹介でご来店いただいたI様、

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この方も金沢在住の方でした。

アメリカンスリーブのドレスをご用意させていただきました。

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会場は軽井沢の「石の教会」

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このIさんからさらにご紹介いただきました、Fさん。

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この方も金沢在住で、わざわざ通っていただきました。

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会場は大宮のパレスホテル。

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私は「金沢三代」と呼んでいます。

このように遠隔地からお越しのお客様には、

なるべく来店回数が少なくなるようにしておりますが、

それでも3回程度は必要になります。

遠来のご訪問、こころから感謝いたしております。

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ドレス思想家

Natsuko.K 様 撮影会

http://www.siesta-dress.com/art/kd/1.html

には、公園で遊んでいた子供たちが沢山押し寄せてきた。

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最初は男の子も寄ってきていたのだが、

すぐに退屈して立ち去った。

一方女の子は、いつまでたっても花嫁のそばを離れようとしない。

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自分たちは花嫁のそばに居る権利が当然あるものと、

根拠不明ながら思い込んでいるようである。

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挙句にドレスの裾を持ってくれるのである。

後日店内で写真を見ながら、

「年端も行かぬこの子らが、既にドレス至上主義に洗脳されているとは、

いやはや女性文化とはおそろしきものよ」

などと感慨をもらしていると、

当店スタッフ金子ユカが

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突然ドレス思想家になった。

「なにを言ってるんですか。洗脳なんて逆です。

ドレスは小さな女の子にとって、一番自然なものなんです。

だからあの子たちは自然に寄ってきたんです。

それが、成長につれて、こんな服を着たら恥ずかしいだのなんだの、

余分な知識で洗脳されて、

本当に大事なものを見失って、嗚呼!(なんと嘆かわしい世であることよ、、)」

あまりの語気が激しく、

私も女の子であったことがないものだから、

なにも反論できず沈黙を余儀なくされた。

思い返せば、少し前にももそんな写真があった。

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